勤労者山岳会を経て、
労山の誕生
第2次世界大戦終了後の日本経済復興期の1956年、日本山岳隊が日本隊として初めて8千メートル峰マナスル(8163m)の初登頂に成功して以来、日本の登山界は青年層を中心に空前の登山ブームとなりました。これらの登山ブームは、それまで日本の登山界をリードしてきた大学山岳部や伝統的な社会人山岳会にはとどまらない、新しい大きなエネルギーを登山界に与え、日本の登山はその歴史上初めて幅広い勤労者・市民を含めた大衆登山の時代に突入しました。
記のような登山状況の変化を背景として、勤労者のための新しい登山組織を作ろうという動きが登山家や登山を愛好する文化人の中でおこり、1960年5月に、現在の労山の前身である「勤労者山岳会」が結成されました。その後、この「勤労者山岳会」の趣旨は全国に広がり、1963年7月には、現在の名称である「日本勤労者山岳連盟」(略称・労山(ROUSAN))として発展・再発足しました。



