横須賀邦子(1)
山トイレへの挑戦
携帯、バイオ、それだけじゃないはず
山のトイレを考える会は2000年6月に生まれました。構成するメンバーは、ハイカーから日高山脈縦走のつわもの、マラソン常習者!?、沢登り専門家、自然公園研究者、下水道技術者、はたまたコンビニマネージャーと範囲が広く、顔ぶれ豊かです。わたしは環境保全団体NPO法人経営者ですが、会への協力は一個人として参加しています。私たちの共通項は、北海道の「山々をいつまでも美しく楽しむために」活動することです。会規約で謳われている目的は「山麓から山頂までの地域を含めて原始的な自然を守り、きれいに保つ活動をすること」です。

月1回くらいの割で定例会を、年に1回「山のトイレデー」を、毎年2月に「フォーラム」を主催しますが、登山のための時間を削ってまで活動する人はいないというのが、参加しやすさになっていて、それも会のいいところなのでしょう。何しろメンバーは貪欲な登山者ばかりですから、例えば年に1回の「山のトイレデー」などでは、会員各自が登りたい山を選択して実施されます。2003年度は全道30カ所、約130人が参加して実施されました。「山のトイレデー」なのか、憧れの山へ便乗登山したくて参加しているのか分からない状況です。

けれども、その胸には熱く志が燃えています。岩陰に落ちている汚れたティシュを真面目に拾う手つきも、火バサミを器用に使ってなかなかのものです。山でこれほど熱心ですから、はたして自分の家でもお掃除なぞするのだろうか?と思わず考えてしまいます。「山のトイレマナー」を、すれ違う登山者に"まったく真面目に"よびかけるときや、トイレマップを配布する背中は、頼もしくホレボレしてしまいます。

トイレデー当日、よびかける「山のトイレマナー」は次に挙げる4点です。
・登山する前に用を足そう。
・汚れたティシュは持ち帰ろう。
・携帯トイレを使ってみよう。
・できるだけトイレで用を足そう。

この中で、携帯トイレについて賛否両論がありますが、携帯トイレだけで山のトイレ問題が解決できるものではないという点では、会の中でも一致していて、トイレの新設も併せて活動しています。

百名山のひとつ利尻山で、12年度・13年度に6%だった携帯トイレ回収率は、14年度は13%まであがりました。その理由に、トイレブースの設置がありました。用を足すために隠れる場所さえあれば、利用は増えることが分かっています。ザックの中に持参している人はいても使用に至らないというのが実状でしょう。それが、配布10000に対して回収率が10%台であるという数字に表れています。思い切って使用してみた人のアンケートには「案外すっきりとした気持ちになった」という感想も多いのですが、持っていても「使えない」登山者がたくさんいます。携帯トイレは、登山者個人が取り組める方法のひとつとして位置づける努力とともに、回収率が大きく変化していない現実も踏まえて、これからの活動の方向性を再認識する必要があると思っています。

北海道は、避難小屋とキャンプ場があるところでもトイレがない地域があり、利用者の多い避難小屋ではトイレの新設は不可欠で、いままでなかったのが不思議なくらいに感じます。そこで、2004年度は、トイレ設置に向けて、新設したい地域に合わせた処理スタイルの意見集約を活動の柱とすべく準備しています。

2001年にトムラウシで実施したアンケートによると、処理機能をもったトイレ(搬出機能も含んだバイオトイレ)の新設希望は、あわせて62%になります。これほど希望の多いバイオトイレですが、どこでもバイオトイレにすればいいのか、バイオ以外は携帯トイレがすべての解決になるのか、議論はあまりにシンプルすぎる状態です。アンケートの内容に反しますが、私たちは、設置する地域や利用頻度によってバイオか貯留式かの選択ができるよう配慮するべきだと考えています。

バイオのよさは維持管理が自立していること、周辺の自然へのインパクトがないこと。欠点は電気や水を必要とし、温度管理に注意しなければならないことが挙げられます。ひとたび利用が処理能力をオーバーしたときは、トイレを閉鎖して山上まで修理がくる間、周囲の草地に屎尿がばら撒かれる事態が考えられ、バイオトイレと貯留式を並べて使うくらいの注意が必要でしょう。

貯留式は、利用者が少ないところに限れば十分な設備であること、欠点は維持管理に人手が必要なことです。この維持管理の問題は山中トイレの新設を難しくしています。山小屋やキャンプ場でトイレを設置するには、森林法・河川法など、場所に応じた各種規制があって、管理者はその責任を明確にした管理計画申請が必要です。山中のトイレは家庭や街のトイレと違って毎日清掃する必要はないから、行きずりの登山者が備え付けの清掃道具で実施することができたらと考えますが、これは「計画」にはならないのだそうです。登山者自ら行える方法は残念ですが認められていません。

もうひとつ、わからないのはインパクトが実際にあるかどうかです。雨や雪で流されて残留値が正確に調査できないゆえに、山奥で土への影響を調査するのは容易ではないと聞いています。インパクトがあるとする根拠は証明されていません。富栄養化した尾瀬のミズバショウは言われて久しく、誰もがご存知の現象ですが、湿原での例を持ってきて、砂礫地や標高の高い寒冷地でも同じと判断するのは理解できません。富士山の「白い川」は見た目にもはっきりと分かるインパクトですが、その象徴のように貯留式が非難され、日本中がバイオトイレになるのは不可解です。地域の利用実態にあった処理スタイルはバイオだけとは限らないと考えています。

設備があって然るべきである利用の多い地域と、自然度が豊かで、設備などをするべきではない山を、心の中で決めてみましょう。そしてあなたのトイレ問題に一歩を踏み出してください。次回は山岳ガイドの泣き笑いです、お楽しみに。

よこすか・くにこ
1951年生東京都出身。日本山岳ガイド協会認定山岳ガイド、フォレストガイド、環境保全団体NPO法人アース・ウインド代表、山のトイレを考える会代表。年間を通してガイド活動を展開する、氷と花を愛する欲張りな登山家。32年前、高山植物監視員として職を得たとき見た大雪山旭岳のトイレティシュの散乱が、20年後の登山ブームでさらに増えている現状に、山のトイレ問題を提起した。
▼アース・ウインド
http://www.e-wind.org/
▼山のトイレを考える会
http://www.yamatoilet.com/


[写真キャプション]
天塩岳のトイレ。バイオではないが、登山者には評判がよい。

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