遭対活動の力の入れどころは何か
全国遭難対策担当者会議
遭難対策会議 10月5日と6日、東京で全国遭難対策担当者会議がおこなわれました。依然として増加し続ける遭難事故の「要因」と私たちの遭対活動の間に乖離はないでしょうか---「遭対活動」が各地で活発になっているにもかかわらず、労山内での事故の増大には歯止めはかかっていません。こう問いかけて始まった会議には、31地方連盟から37人が参加して、全国連盟遭対部の基調報告と5件の「事故報告」をもとに、意見や経験が活発に交換されました。先手先手の攻勢的な活動だけでなく、追われるような活動に取り組む悩みも語られていました。

井芹昌二・全国連盟遭対部長(副理事長)は、基調報告で「10年という単位で見ると、地方連盟や加盟団体での技術教育活動や遭対活動が前進している」ことを、登山学校や各種講習会の開催、救助隊の活性化や新結成の増加、全国連盟が継続して開催してきた雪崩講習会の地方ブロックへの拡大、ハイキングリーダー学校、ハイキング交流集会、遭難対策研究集会の開催などを例に振り返りました。全国連盟の資金も、安全対策基金を通じて遭難対策や教育活動には地方連盟への補助が格段に増額されるなど、この分野に多くが振り向けられるようになっています。日本山岳レスキュー協議会の活動によって他団体との交流もすすんでいます。
しかし、労山全体の事故は、死亡事故を含めて減少するどころか増える傾向は続いています。井芹遭対部長は「事故の要因と遭対担当者の認識に重大な乖離があるからではないか。本当に事故防止のために的を射た活動になっているか、改めて点検しよう」と訴えました。
また、最近の事故について、中高年会員の事故、下山中の転倒が多いという傾向は変わりませんが、沢の事故、初めてアイゼンをはく・初めて雪稜に行くというときの事故、火器取扱中の事故が増えており、注意が促されました。

事故やヒヤリハット
他人事になっていないか

止まらないどころか増えている 労山内の事故件数 基調報告では、遭対活動再点検の注目点として、(1)遭難対策担当部署の確立、技術講習会や登山学校の開催、救助隊の確立での、地方連盟の真剣な努力(2)「事故が多いのは知っているが自分には関係ない」という多くの会員の意識を、「事故は身近にある」「経験に学ぶ」と改革していく取り組み(3)とくに重大事故では、集団的・客観的な事故総括は登山団体の責務だが、報告が多くの会員の目に触れて労山全体の教訓になるケースが少ない。総括のルールづくりを(4)取扱未習熟など、登山用具そのものにかかわる事故も増えている。用具の欠陥や説明不足などの全国連盟への報告---を挙げていました。
なかでも、(2)の「事故は身近にある」「経験に学ぶ」という姿勢は、中高年「初心者型」の会員が多いクラブでは重要です。会議では、京都府連盟が「ヒヤリ・ハット報告会」の取り組みを報告しましたが、この報告会は事故原因を究明したり総括したりはしません。あくまでも、会員の経験を連盟全体に広げることを目的にしており、教訓も参加者や各会で独自に引き出してもらっています。そうすることで、「小さな」ものも含めて多くの体験が集まり、会員の日常山行での注意喚起になっているとのことでした。
また、(3)の事故報告・総括については、編集部に送られてくる会報を見ても、事故報告を文書にまとめている加盟団体は、集計しているわけではありませんが、大ケガでも半分に満たないという印象です。遭対基金管理委員会に報告や申請がある事故でも、会報では、その山行報告が掲載されているのに事故には一言も触れていないことも珍しくありません。そして、この点にもかかわることですが、事故を検証できる人がいなくなっているという悩みも、会議では語られていました。

各会のリーダーの交流
パーティーのあり方

参加者からは、「事故の実状」を見据えて次のような意見もありました。「山歩きについて、"レクリェーションの延長"という考え方では事故防止はできない。年齢を考えれば、1000メートル前後を1日で登下降するのは、日常的なトレーニングをしなければ不可能。疲労による事故は防げない---このような明瞭な基準を、各会で会員に示すべきではないか」---こうした「先手を打とう」という提起の一方で、「周囲が心配するほど"過剰に"山に行きたがる人にどう対処したらよいか」といった「悩み」を語る遭対担当者もいます。
そして「山行中の飲酒」。ハイキングでランチタイムに一杯---「これが、まさか問題になっているとは」という声もあるようで、バーベキュー、花見も禁酒なのか---と。もちろん、多くの遭対関係者は「山行中に飲むのは飲酒運転と同じだ」と見ているのですが、会議でも、実はかなりの時間が「飲酒」に費やされ、「飲酒は労山でも20年来問題になっているが結論を見いだせない」という発言もありました。

昨年の死亡事故の内訳

聞いていて、これが「遭対」なのかという感想もなくはありませんでしたが、こういうことこそが現在の遭対のテーマなのだと妙に納得するほど熱の入った意見交換でした。そのなかで、初級・中級・ハイキング講座など充実した登山学校を展開している大阪府連盟の「『トレーニングせい』『酒飲むな』」とはっきり言える、できるのが登山学校だ」という発言には、どう啓蒙したらいいのか分からないというのが参加者の雰囲気だっただけに、説得力がありました。
大阪からは、連盟の遭対活動の報告もありました。その基本には「登山学校をつくり、救助隊をつくって、まず(各会の)リーダーの交流を大切にする」ことを据えているそうです。リーダーが互いに学びあう場を連盟が提供することに力を入れているわけです。
警察の統計を見ると・・・ 山行のリーダーについては「持病、視力、体力への対応」など、メンバーの状態を把握することが、会議中もさまざまな意見の中で強調されていました。こういう意見が繰り返されるのは、発言者も一般論として語っているわけではなく、十分な構えでリーダーをする人が少ない、リーダーがなすべきことが増えていると考える参加者が多いからです。登山時報の「事故報告一覧」での事故者へのインタビューを振り返ってみても、転倒などでのケガは、本当に"何でもないところ"で起きているのではなく、事故者がちょっと不安に思うようなところ、疲労と気の緩みなど、パーティーとしての行動のあり方---ルート上のある場面の通過法、行程全体の管理など---を工夫しようと思えばできる場面で、多くが発生していました。
また、持病や発病の事故は、警察庁の統計を表に示しましたが急激に増えています。各人の日常の健康管理、クラブやリーダーの配慮が極めて重要です。会員同士が支え合う(山行管理・チェック)という点でも、「山行の内容が見える」計画書をつくっていこうという提起もありました。

切望される連盟の遭対活動

労山の加盟団体のすべてがそうだというわけではありませんが、遭対活動は会やクラブだけでは十分に遂行できないというのが実状になりつつあります。そうなってはいなくても、連盟が効果的な活動を求められているのは言うまでもありません。基調報告でも、まず最初にそのことが訴えられていました。
連盟からは、京都や大阪のほかにも、次のような活動報告がありました。「事故発生時にどうしていいか分からないという(加盟団体の)声に応えて、救助隊のシミュレーション訓練、事故発生時マニュアルの作成を進めている」「3分の2はハイキングクラブの会員だが、会員アンケートで連盟に対する要望は多い順に、登山学校、救助隊の復活(これまで個人的な尽力に頼ってきた)、遭対活動だった」「救助隊はあるが、隊員の年齢が高くオールシーズンでの救助活動はできないのが実状」「会員の登山の実態に合わせて、中高年会員に力点をおいた、歩き方、セルフレスキューなどの遭対活動に取り組みはじめている。また、山岳県だけに、いわゆる未組織登山者に対する教育活動にも関心が高い」。
なお、会議では、ロープワークのミスによるクライミング中の死亡事故、積雪期のテント内での一酸化炭素中毒死亡事故、滑降ルートを見失って滑落した山スキーでの死亡事故、積雪期の岩稜からの転落死亡事故、登攀でのアプローチを下山中に転落した事故が、それぞれ事例報告されたほか、全国連盟遭対部から<各連盟理事長><各連盟遭対担当者><会・クラブのみなさん><パーティーのリーダー、メンバーのみなさん><救助隊指導者>に向けて、よびかけも提起されました(別号参照)。

田中 裕之
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