クワウンナイ川入林禁止措置について考える
星川和之 旭川勤労者山岳会

大雪山系のクワウンナイ川では、1970年から1987年までの17年間に9件、14人の遭難報告があり、87年には二股・窪地で転落死亡事故が発生した。この事故をきっかけに、「クワウンナイ川は死亡事故が多い危険な沢」であるとされ、同年、上川中部森林管理署と旭川東警察署、東川町、美瑛町が、連名で入林(入渓)禁止の看板を設置して現在に至っている。

しかし、この沢は「日本一美しい沢」とのうたい文句でしばしば山岳雑誌などにも取り上げられた。また、遡行技術的には日高などの沢に比べれば必ずしも難易度が高いわけではなく、毎年、夏の沢シーズンには少なからぬ沢愛好者の入渓が続いていた。かくいう私も、98年秋に、旭川勤労者山岳会が計画した「トムラウシ山集中登山」の一環でクワウンナイ川に入渓するなど、同沢を遡行してきた。

そもそも自由な入山は登山者としての当然の権利であるから、入山禁止の措置は法的な根拠が希薄な上に、行政が一方的に入山を禁止するのはおかしいと考えていた。さらに、登山(沢登り)はもともと危険度が高いのは当然だし、技術的にもクリアーしていない人が入山して起こす事故を理由に、一律に入山規制をされてはたまらないと思っていた(今もそう思っている)。

ところが、99年、地元北海道新聞の記者が、関係行政機関(森林管理署・美瑛町・東川町)による現状調査に同行取材して「入山禁止是か非か」と題したルポ記事を掲載した。私は、その記事について少し異論を呈すべく、後日、ルポ記事を書いた記者とコンタクトをとり、私の考えを述べるとともに意見を交換をした。

後に、その記者には、旭川労山の機関誌「ヌプリ」に「クワウンナイ川立ち入り禁止について考える」と題した文章を寄稿してもらったのだが、「現状では、山を知っている人ほど、この禁止処置を無視し続けている。立ち入り禁止を知りながら入山する登山者は、高校生の飲酒や喫煙と同じレベルです」と厳しく言われた。そのすべてが、必ずしも正しい指摘とも思えないが、禁止の看板を無視して入渓する行為に、私自身少し後ろめたい思いが生じたのも事実である。

そこで、なにか解決の糸口を見いだせないものかと考え、少々強引だったが、2000年の11月に、改善のきっかけをつかもうと、中部森林管理署長に面会を求めることにした。私はこの席で「行政は一方的に禁止処置といった"看板"で蓋をしてしまい、国民(登山者)の自由に登山をする権利を奪っている。さらに、沢の楽しさを求め、日頃の訓練を含め、地道に沢登りの技術を培っている登山者と、そうでない人を一括りに扱っている。また、法的にも曖昧な禁止措置をタテに、所轄の警察が入山届(登山計画書)の受け取りを拒否することで、結果として、闇に隠れるような"無届入山者"の増加を引き起こしている。94年から98年までの4年間で4件の事故と2人の死亡事故を起こしている。国民の生命財産を守るという観点から、関係自治体が救助に向かうことになるが、警告を無視して入山(入渓)した登山者との関係は良好であるはずもない。これはお互いにとって不幸であるし、このままではいつまでたっても出口が見えない」と改善を求めた。

入山禁止措置を指示した当時の署長はすでに存在せず、交渉当時の署長は彼なりに状況の打開を模索していたらしく、「私も近いうちに関係機関と地元山岳会からなる<クワウンナイ川入山禁止問題検討委員会>を作りたいので、その場に参加してもらって、ぜひ知恵を借りたい」と依頼された。

検討委員会は、2001年6月に開始され、上川中部森林管理署、美瑛町、東川町のほか、労山道北連盟(旭川労山)、道岳連加盟の旭川山岳会、道北地区遭対協がメンバーとなり、環境省の出先機関、森林管理局もオブザーバーとして参加していた(なぜか警察は不参加)。私は、いままで禁止されていた経緯の検証や、沢登りに関わる技術的側面からの検討、さらに入山下山届けの扱いをどうするのか(昨年までは受け取らないという対応だった)といった課題について、オープンな論議を行うべきだと主張した。

委員会設置以来2年あまりの討議を経て打ち出された結論として、今年度から事前に入山届けを出すことと、「7月、8月の2ヶ月間の期間限定」という条件ではあるものの、従前からの入山禁止措置は一定程度解除されることになった。こういった経過を経て、当面入山の道筋はつけられたことになる。

しかし、条件付きであることからも明らかなように、問題のすべてが解決したわけではない。私は「山に登ることができる」という基本的な権利を真に獲得するまでのひとつのプロセスを通過したに過ぎないと思っている。このクワウンナイ川の入山(入渓)規制問題などを契機に、労山の求める「自由な登山活動」実現への展望や、さまざまな意見を全国の多くの会員からいただければ幸いである。


<編集部から>

星川さんの報告にある通り、本州の登山者にもよく知られているクワウンナイ川の入渓点に1987年以来掲げられていた「入林禁止」の看板に代わって、上川中部森林管理署が「入渓禁止を一部見直す」新たな措置を発表しています。登山者の中には「これまでも『入渓禁止』の看板は実質的に無視されていたのだから、いまさら何を…」と言う人もいるかもしれません。しかし、曲りなりにも「禁止」とされているところに入り込むのは気分のいいものではないし、一方的な「禁止」の宣言を放置しておくわけにもいきません。そこで、星川さんたちが森林管理署に掛け合ったことで、入渓のあり方が検討の俎上に上りました。

今回、森林管理署が発表した措置は、まだまだ一方的で検討の余地があると考えられるものですが、こうした問題について行政だけで決めてしまうことが多いなか、面倒を厭わず意見を述べてきたことは、大切にしなければならない取り組みでしょう。

以下に、上川中部森林管理署が昨年9月に発表した「クワウンナイ川入渓禁止措置の一部見直しについて」の全文を掲載します。行政が、登山をどう捉えているかも垣間見えているようです。

●クワウンナイ川入渓禁止措置の一部見直しについて

I 見直しの理由
クワウンナイ川については、
(1) 沢登りの十分な技術を持たずに入渓する者がいたこと。
(2) 雪解け、降雨などの影響を受けると逃げ場がなく、上流部の気象条件による増水により危険になること、沢登りの技術がなければ事故につながることなど現地の危険性について認識しないで入渓する者がいたこと。
(3) 増水、滑落等から事故が続いて発生していたこと。
などから、昭和62年から入林を禁止していたところである。
しかしながら、
(1) 現地状況に応じた適切な判断を含む沢登りの技術を有し、必要な装備やマナーを遵守し十分注意して行動すれば、事故の発生は避けられる場所であること。
(2) 登山者からの入渓への要望が依然として高いこと。
(3) 登山は自己責任で行うものであること。
から、入渓に関する手続、入渓留意事項、入渓マナーを明確にするとともに、現地表示、マップ、警告看板の整備、事故対策活動の体制整備、現地パトロールや啓蒙活動、入渓に関する手続・入渓留意事項・入渓マナーの周知等の措置を講じたうえで、7〜8月について入渓を認めることとしたものである。

II 見直し内容
1 入渓禁止措置の一部見直しに当たっての措置
1) 現地表示等
遭難・事故等にかかる捜索、救助活動が増加する懸念がある一方、捜索、救助活動に極めて困難を伴う地域であることから、捜索隊の安全の確保、二次遭難の防止のため、
(1) 捜索および救助活動に当たっての現在地の確認など捜索隊が適切かつ迅速に活動を行うための現地表示
(2) 捜索、救助活動や捜索隊の安全研修などに資する救助活動用マップの作成
(3) クワウンナイ川入口における警告看板の設置
2) 入渓者対策
入渓の手続
入渓者は、入渓予定日の10日前までに、旭川東警察署への入渓届(登山計画書)の提出、上川中部森林管理署への入林届の提出を行う。入渓手続、入渓に当たっての留意事項、入渓マナー等については、上川中部森林管理署などのホームページで情報提供・周知する。
入渓にあたっての留意事項
入渓者は、入渓予定日の3日前から当該地区における降雨等の気象条件を確認すること、降雨予想時は入渓中止すること、増水時は適切な対応をすること、滑落等に注意すること、携帯電話・無線通信の通じる地点が極めて限られていること、十分な装備を行うこと等に留意する必要がある。
入渓マナー
入渓は7、8月の2ヶ月間とする。入渓者は、入渓届(登山計画書)、下山届および国有林入林届の提出、山岳(渓流)遭難保険への加入、沢下りは計画しないこと、野営は二股のみとすること、単独行の禁止、携帯トイレ利用、たき火の禁止、自然環境の保全等を遵守する。
その他
山岳団体は、入渓手続、入渓に当たっての留意事項、入渓マナー等の情報提供・啓蒙のほか、森林管理署と連携した現地でのパトロール・啓蒙活動、登山者の技術レベルアップやマナーの自己責任徹底のための教育訓練機会の提供などに積極的に努める。
3) 事故対策
事故対策に要する費用
(1)入渓者本人およびその家族が全額負担する。
(2)遭難保険加入など、入渓者の自己責任で遭難・事故等への十分な対応策を整える。
山岳会の役割
(1)入渓者に対して遭難、事故等の発生防止に資するよう情報提供する。
(2)救助指名者の登録、救助への参画に協力する。
事故対策活動
系統図に基づく迅速な対応を行う。

2 入渓の扱い
(1) クワウンナイ川が沢登り技術を有していない者には極めて危険であること。
(2) 関係行政機関は、クワウンナイ川を正規の登山ルートとして認定するものではなく、入渓を避けていただくことを基本としていること。
(3) 遭難・事故は入渓者の自己責任であること。
などを踏まえ、1の措置を山岳会の積極的な協力を得て講ずることとしたうえで、当面、
入渓期間を7、8月に限定し、沢登り技術を有するものに限り、手続、マナーを守って自己責任での入渓とする。
入林承認状況を森林管理署のホームページで把握できるようにすることを通じて、オーバーユースにならないよう入渓自粛を喚起するほか、山岳会等の協力を得てクワウンナイ川での巡視や入渓に関する啓蒙活動を実施する。
遭難・事故等の状況、入渓マナー定着の状況などを検証しつつ引き続き入林措置の扱いを検討する。

3 入渓の扱いを変更する時期
平成16年7月から一部見直しによる扱いとし、それまでの間に(1)現地看板等の整備、(2)入渓者対策、事故対策の措置に関わる準備(周知)を行う。

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